(( 然 本 屋 で ))


ほんの少し前の出来事だ。

「何笑ってるんだ?」
「わたし、笑ってましたか?」

本屋で、好きな作家の本をぼんやり眺めていた。
欲しいけれど、テストが近い。買ったら読みふけってしまう。

「遠くから見ても解るぐらいに、」
「そりゃあ、恥ずかしい」

一緒に本屋へ来たってわけではない。
学校がおんなじで、顔を見知っている程度だ。相手は有名人。

わたしは普通の生徒。

「本、買うんじゃなかったのか」
「うん。テスト近いし、買ったら読み続けてしまうので、我慢」

ふうん、と彼は頷いた。
背が高いから、人の目を見て話をするわたしには、ちょっとキツイ。

「今日は部活が無いんだね」
「テスト近いからな」

ああ、そっか。
ちょっと馬鹿な質問しちゃったかな、なんて思う。

でもサッカー部は強豪だし、大会が近い場合は、ずっと練習だ。
大変だな、と思った。
ゴールキーパーは、フィールドに二人、チームに一人だし。

「渋沢君は、何してるの? 参考書なら二階だと思うよ」

はは、と笑った。
わたし、今面白いことを云ったつもりはない。

「親切だな。でも違うよ。好きな作家の本がそろそろ発売だと思ったから。
 普段は部活で忙しいからな。今日ぐらいしかチャンスが無い」

そういいながら、小さな本屋を見渡す。
そして少し声を潜めると、

「どうやらないらしい。残念だ」

と笑った。

「残念だったね」
「ああ。残念だ」

それから自然に、二人揃って本屋を出た。

「よく来るのか? ここ」
「うん。行き着け。品物少なくて少し困る」

確かに、といった風に、渋沢君が頷いた。

「じゃあ今度から、欲しい本があったら、に頼もうかな」
「いいよ。あ、でもエッチなのは買わないからね」

慌てて否定するでもなく、心得ておくよ、なんて彼は笑った。
受け答えの上手な人だなあ、と思った。

「でも、遠く無いか?」
「確かにね」

寮から結構歩く。二十分ぐらい。
途中に桜並木があって、とシーズンは凄く綺麗で、しかも賑わう。

その通りをぬけて、車のとおりが多い、一本道を真っ直ぐ。
本屋が見える。

「近くにもあるのに」

渋沢君のその呟きが聞こえてすぐに、近くの本屋を通り過ぎる。
灰色の壁、同じフロアにCDショップがあるから、少し煩い。

「音楽は嫌いじゃないけれど、本屋は静かなほうが良いから」
「ああ、そういうことか」

納得したように、その本屋を見ながら、頷く。

「渋沢君は?」

尋ねると、少し困ったように、

、本好きだよな」
「うん」

そしてまた困ったように、

「趣味が同じだなあって、気になってて」
「うん」

の友達が、がこの本屋によく行くって教えてくれたから」
「うん」

「行ってみたら、本人がいた」
「うん。じゃあ、今度からは、一緒にこようね」

もうすぐ寮が見えてくる。
なんだか少し名残惜しかった。

「じゃあ、ね。
 っていっても、学校じゃあ、あんまり会わないけれどね」

彼はそうだな、とちょっと笑った。
わたしの通う学校は、女子棟と男子棟が別れているから。

「不思議な縁だね」
「俺にとっては、不思議でも何でも無かったぞ」

渋沢君は少し悪戯っぽく笑った。
それから頭をぽんぽん、と軽く叩いた。

「じゃあな」
「あ、うん」

わたしがこの意味をちゃんと理解するまでに、もう少しかかる。
今は二人で、本屋へ通う。





蘭子/030328

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