「いる?」 その女が小さなキャンディーをポケットから出して、 少し緊張したような顔で微笑んだのは、今から一週間ほど前のことだ。 もうずっと昔のように感じる。 - キ ャ ン デ ィ ー の 縁 - 「おはよう」 「……あ、ああ」 ああじゃなくておはようだよ、だなんてその女が煩く云った。 少しうんざりしたが、臆せず話し掛けてくる奴はそう多くない。 遠巻きに見ている女から、睨まれてるぞ、お前。 「大丈夫かよ」 「何が?」 あれ、と遠巻きで怖い顔してる奴等を見る。 はそれを見て、ぼんやりとしていたが、急にピースサインを出した。 「……ダッセェ」 「げ、まじ?」 この女――とは、保健室で会った。 テニス部員が怪我をしたので、その付き添いだった。 怪我の治療中(とは云っても、ただの捻挫だ)は暇だった。 ぼんやりと保健室の中を見る。そこで、ベットに腰掛けて本を読む女がいた。 なかなかの美人。目が、あった。 「いる?」 「あ? ああ」 「はい」 少し緊張したような顔で、苺味のキャンディーを渡す。 この女のポケットにはいつも飴玉が入っているのだろうか。 男に渡すならもっと違う味にしろよ、なんだよ、苺って――おい。 色んなことを考えているうちに、その女はまた本に目を戻した。 読んでる本は分厚かったが、よく見ると話題の魔法使いの話だった。 なかなかの美人。でも、変な女。 「今日も保健室か」 「うん。まだ本調子じゃないから」 どうやら彼女は重い風邪をひいているらしい。 本調子じゃないから、と保健室でぼんやりしているのだそうだ。いいご身分だな。 「なんで学校来てんだよ」 「さーあ」 とぼけた声を出す。 途中彼女の友人が通りかかって、「おはよう、跡部君も、おはよう」とか云った。 と同時に「おはよう」とか云ってしまったので、少し可笑しかった。 「今度はちゃんと、おはようって云ったねえ。偉いぞ、跡部君!」 「あー、うるせぇよ」 何が偉いぞ、だ。 ほら、遠巻きの顔が険しくなってるぞ。お前、しめられるぞ。マジで。 「じゃあ、行くね。ばいばーい」 大きな声で手を振る。 遠巻きが怖い顔してるんだから、少しは危機感感じろよ。 俺と話してんだぞ?――まったく。 「待てよ、保健室まで送って行ってやる」 「え、マジ?」 「マジだ。ほら、行くぞ」 保健室まで散歩だ。なんだ、俺までちょっと変になっている。 「送迎してやるよ。部活終るまでいられるか?」 「はあ? いいよ。いいよ。あたし一人で帰れるもの」 「いいから、待ってろよ」 遠巻きに待ち伏せされかねない。 なんで俺がこの女を守ろうとしてるのかなんて、こいつには解らないだろう。 「いいよー。でもお礼しなくちゃいけないねえ。苺味でいい?」 「あ?あーん……いいぜ、苺味で」 保健室の前。人影が無い。 彼女はポケットの中から、ごそごそとキャンディーを探す。 俺は彼女の肩を掴むと、そっとキスをした。 一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。 「苺味なんだろ?」 「……キザだ」 ふふ、と笑って彼女は保健室へ入る。 「迎えにきてね」 「おう」 部活が終ったら、迎えにきてやるよ。そしたらお前は俺の女だ。 蘭子/030328 ・back |
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