好きでした。
大きな背中、
大きくてごつごつした手、
触るとつんつんする真っ黒な髪、
太くて濃い眉毛、
低くてやさしい声、
地味…、
あと、その他、いろいろ。
好きでした。
「だから、南のことはわすれろって」
「いーやーだー」
「男は南だけじゃないって!(おれとか)」
「いやだ!南がいいんだもん」
誰もいない、夕暮れ時の教室。
残るはいのこり二人組。
わけあってブルーなあたしは、まるで主を忘れたあやつり人形のように、
重力にのみ体をまかせ、机におでこだけをのせてうなだれながら、はげます千石の言葉を聞いていた。
「だいたいさー、が南のカノジョにかなうわけないって」
「……あんたホンキではげます気あるわけ?」
「や、ウソウソ!ちゃん超カワイイ!サイコー!」
「1年365日女の子ならみーんなに同じようなこといってるような千石くんにいわれても説得力ないですぅー」
「………」
千石のいっていることは、正しい。(そしてあたしの言っていることも正しい)
南に最近できたカノジョは、やわらかい栗色のロングヘアに、雪のような白い肌、ほんのり赤い唇、
真っ黒な大きくて丸い瞳、華奢で、ちっちゃい。南と話しているときは頬が桜色に染まるのだ。
女の子のあたしでもどきどきしちゃうような女の子なのだ。
オマケに性格までいいっていう風の噂だから、あたしがかてっこない。(何の勝負だ)
そんなネガティヴな思考を巡らせていると、石はあたしの手をとりたちあがった。
「ちょっときて」
あたしもそれにひきずられるようにたちあがり、千石にひっぱられるままに教室をとびだした。
そうしてやってきたのは「立ち入り禁止」の看板がさげられた屋上。
生徒が勝手にいかないようにと、階段の右と左の壁にかけられたチェーンを、千石は平然ととびこした。
当然手をひかれているわけだから、あたしも学校のオキテをやぶる行為にドキドキしながらもチェーンをとびこした。
「ここはおれとあっくんのひみつの喫煙所なんだー」
などと抜かしつつ、千石は胸ポケットからとりだした複雑にまげられた針金で屋内と屋上をつなぐ扉をあけた。
あんた空き巣の才能あるんじゃないの、といったら千石は苦笑いした。
はじめてふむ屋上の床は、白いハトやらカラスやらの糞でまみれていた。(汚い…)
フェンス越しにみえる夕陽。あたりを真っ赤に染める。きれい、思わずつぶやいた。
「おれがここからとんだらおれとデートしてね!」
「は?ナニイキナリ、ていうかなんでそーいうことになるのよ」
千石はそういうと、屋上のフェンスに手をかけた。
「ちょ、あんたホンキ?バカじゃないの?あんた死んじゃうよ」
「ちゃんとデートしてね!」
「だから、誰かいつそんなことを約束したの、よ!」
そういい終わるかいい終わらないうちに千石はもうあたしの目の前から消えていた。
「…ウソ…」
あたしはフェンスにかけより、下を見おろした。
すると、
「ニシシ、びっくりした?」
屋上より一段低い場所で、千石はいたずらっこみたく笑った。
「ばっか……」
あたしは栓でもぬかれたビニール人形のように力が抜け、白い鳥類の排泄物のこびりついた床にすわりこんだ。
「デート、してくれるよね?」
「…ダメ。飛んでない」
「でも、跳んだよね(ニッシッシ)」
あたしの脳内では千石清純という男は常に2番目である。(どうでもよろしい)
(030906/あっこ)
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